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福岡地方裁判所小倉支部 昭和34年(ワ)338号 判決 1960年9月08日

小倉市大字中井七九三番地の二

原告

島村モツ

右訴訟代理人弁護士

大家国夫

若松市中川通三丁目四四四番地

被告

藤田クニヱ

同市老松町六丁目四一番地の五

被告

小田純一

右訴訟代理人弁護士

徳永平次

被告

右代表者

法務大臣 愛知揆一

右訴訟代理人

検事 中村盛雄

法務事務官 坂本斉治

大蔵事務官 阿久津三郎

右当事者間の昭和三四年(ワ)第三三八号債務不存在確認等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(一)  当事者の申立

(1)  原告

「原告と被告小田純一との間において、別紙目録記載(三)の債権は昭和三二年四月四日弁済によつて消滅したことを確認する。原告に対し、被告藤田クニヱは別紙目録記載(四)、被告小田純一は同目録記載(五)、被告国は同目録記載(六)各登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決を求める。

(2)  被告ら

「主文第一、二項と同旨」の判決を求める。

(二)  当事者の主張事実

(1)  原告の請求原因事実

(イ)  被告藤田クニヱは昭和二九年三月二〇日島村一二に対し金二五万円を弁済期日同年四月二五日利息一カ月一〇円につき三〇銭期限後損害金日歩三五銭なる旨の約定で貸与したが、その際その債務の支払を確保するため原告所有に係る別紙目録記載(一)の建物(以下A建物という)及び島村禎記所有に係る同目録記載(二)の建物(以下B建物という)につき共同担保としてそれぞれ抵当権を設定し、右A建物については別紙目録記載(四)の登記を以てその抵当権設定登記を経由した。そしてその後藤田クニヱは昭和三〇年四月二六日被告小田純一に対して右債権並びに抵当権を譲渡し、別紙目録記載(五)の登記を以てこれが譲渡による抵当権移転の附記を登記した。

(ロ)  ところで島村一二においては右債務の支払として、元金内金五万円と金二〇万円に対する昭和三〇年六月三〇日までの日歩三五銭の割合による金員の支払を済したが、その後小倉市信用金庫から前記B建物につき競売の申立がなされた結果、競落代金二七万六〇〇〇円で以て昭和三二年四月四日競落許可決定がなされて該決定は確定し、その後右競落代金中から被告小田に対し金二三万九二四二円が前記債務の弁済のため交付せられた。

(ハ)  ところが昭和二九年九月一日に出資の受入預り金及び金利等の取締に関する法律が施行せられたため、同法第五条により同日以降は日歩三〇銭を超える損害金の約定をなし、若しくはそれを受領することを禁止せられ、その違反者に対しては刑罰が科せられることになつた。そうすると本件における日歩三五銭の損害金の約定乃至支払は強行法違反であつて、民事上においても公序良俗に反してその弁済は無効であり、受領者においてこれを返還すべきものであるといわなければならない。そこで本件における右法規違反の弁済金額をみてみるに、島村一二が昭和二九年九月一日から昭和三〇年六月三〇日まで被告藤田若しくは被告小田に対して任意に支払つた損害金二一万二一〇〇円と、前記競売により支払つた金二三万九二四二円の内、元金二〇万円を除いた金三万九二四二円との合計金二五万一三四二円がそれに該るわけである。ところで該金員の支払は前記の理由により無効であるから、それらの金員はすべて元金の弁済に充当されるべき筋合である。そうすると本件債務は昭和三二年四月四日に弁済によつて消滅したことになるわけであるが、若し仮にその弁済充当が何らかの理由により許されないのであるとしても、原告において右支払済の損害金につき返還請求権を有していることは間違いないから、該債権と本件借用元金債務とをそれぞれその対当額において相殺する旨の意思表示を本訴においてする次第である。そうすると本件債務はここにすべて消滅したことになるわけである。ところでなお若し仮に日歩三五銭の損害金約定が昭和二九年九月一日以降においても利息制限法所定の最高損害金率である年三割六分の範囲内においては有効であると解されるとしても、金二〇万円に対する昭和二九年九月一日から昭和三二年七月二日まで年三割六分の割合による損害金は金二〇万五〇〇円であるところ、それを前記二五万一三四二円から差引くと、なお金五万八四二円が残存する結果となるから、原告としては少なくともそれだけの金員の返還請求権があることは明白である。以上これを要するに兎も角本件債務が弁済又は相殺により既に消滅していることは動かし難いところといわなければならない。

(ニ)  よつてここに原告は、先ず原告と被告小田との間において、本件債務である別紙目録記載(一)の債務は昭和三二年四月四日弁済によつて消滅したことの確認を求めるとともに、当該債務が存在していることを前提としてそれぞれ前記A建物につきなされている登記であるという同じ意味合において、被告藤田に対しては別紙目録記載(四)、被告小田に対しては同目録記載(五)、被告国に対しては同目録記載(六)の各登記の抹消登記手続の履行を求めるため本訴に及んだ次第である。

(2)  右に対する被告らの答弁

(イ)  被告藤田クニヱ

本件については小田初次郎が被告藤田の名義で以て一切をなしたものであるから、被告藤田としてはその詳細なことは知らない。しかしながら小田初次郎が被告藤田の名義を使用して本件の如きことをすることについては、同被告においてこれを承諾していたものである。兎も角いずれにしても原告の請求にはたやすく応じることができない。

(ロ)  被告小田純一

原告主張の事実の内、(イ)の事実は認める。(ロ)の事実は、その内島村一二が元金内金五万円と金二〇万円に対する昭和三〇年六月三〇日までの日歩二〇銭の割合による損害金の支払をなしたことだけは認めるが、その余の事実は争う。(ハ)及び(ニ)の主張は争う。

ところで原告主張に係る競売事件においては、福岡国税局長において本件における被告小田純一の債権者名義は単なる名義上のものであつて、その実質上の債権者並びに抵当権者は同被告の父小田初次郎であると認定した関係上、被告小田において受領すべき原告主張の金二三万九二四二円は、前記小田初次郎に対する国税滞納処分として、全額右国税局長において収納して了つた次第である。従つて被告小田としては該金員を受領したこともなければ、またその受領権限もないわけである。なお被告小田においては被告国のなした答弁中(B)の主張を利益に援用する。よつていずれにしても原告の請求には応じることができない次第である。

(ハ)  被告国

(A) 被告主張の事実中、(イ)の事実は認める。(ロ)の事実も認めるが、その内被告小田純一に対して支払われたと主張している金二三万九二四二円は、昭和三四年三月一二日被告国において受領済である。(ハ)及び(ニ)の主張は争う。

(B) 本件債権は昭和二九年三月二〇日小田初次郎が被告藤田名義で以て島村一二に貸付けたものであつて、現行利息制限法施行日以前の貸借であるから、約定遅延損害金については同法の適用をみないものであり、旧利息制限法によれば、その率の最高限について何らの定めもないから本件における日歩三五銭の損害金の約定は公序良俗に反しない限り有効であること勿論である。

なお原告においては出資の受入預り金及び金利等の取締に関する法律第五条により日歩三〇銭を超える損害金の約定及びその授受は当然公序良俗に違反し無効であるから、支払済のこれが金員の返還を求めると主張するけれども、同法は単に高金利による暴利行為を取締るため刑事罰を定めたのに過ぎないから、その一事を以て直ちに本件損害金の約定並びにその授受が公序良俗に違反し、無効となるものではないといわなければならない。

ところで若し仮に右法条により日歩三〇銭を超える損害金の支払が原告主張のように公序良俗に反し無効であるとしても、原告において返還を求め得るのは、日歩三〇銭を超える部分の金員についてのみであること当然であるが、原告の主張に従い、原告において金二〇万円に対する昭和二九年一〇月一日から昭和三〇年六月三〇日まで日歩三五銭の割合による損害金の支払をしたとした場合においても、その損害金は金二万七三〇〇円であつて、それをすべて元本の支払に充当したものとして計算してみても、原告主張に係る競売事件の終了当時において、原告は未だなお元本金一七万二七〇〇円と損害金一四万五二五円合計金三一万三二二五円の債務を負担していたことになるのである。

(C) 以上により原告の請求には到底応じることができない次第である。

(3)  被告小田同国の右答弁に対する原告の主張

被告小田同国において主張しているように、被告小田に対して支払われた金二三万九二四二円に関し、その後福岡国税局長が小田初次郎に対する国税滞納処分を行ない、その結果被告国において該金員を収納したことはこれを認める。

(三)  当事者の立証

(1)  原告

甲第一及び第二号証、第三号証の一乃至七の提出、証人島村一二の証言の援用。

(2)  被告ら

(イ)  被告藤田

甲第一号証の成立は認める、その余の甲号各証の成立はいずれも不知。

(ロ)  被告小田同国

甲第一及び第二号証の成立は認める、その余の甲号各証の成立はいずれも不知。

理由

本件における唯一の争点は、出資の受入預り金及び金利等の取締に関する法律第五条に違反する損害金の約定に基づき、同法施行後において任意に支払つた損害金支払の効力如何ということであるからその点について考えてみよう。原告の主張によれば、昭和二九年三月二〇日に金二五万円を弁済期日同年四月二五日利息一カ月一〇円につき三〇銭期限後損害金日歩三五銭の約定で借用したが、その後元金内金五万円と金二〇万に対する昭和三〇年六月三〇日までの日歩三五銭の割合による金員の支払をなし、更に抵当物件競売の結果金二三万九二四二円の支払がなされたことを前提とした上、金二〇万円に対する昭和二九年九月一日から昭和三〇年六月三〇日まで日歩三五銭の割合による金員二一万二一〇〇円と、右競売の結果債権者に配当された金員中元金二〇万円を控除した金三万九二四二円との合計金二五万一三四二円につきその弁済の効力を否認し、該金員の元本への弁済充当乃至元本との相殺を強調している次第である。ところで前記法律(以下取締法と略称する)第五条の施行日は昭和三〇年一〇月一日であるが、その点は兎も角として、原告主張に係る損害金の支払がすべて原告の任意による弁済であることは、その主張自体からして明らかである(右競売事件における債権者への支払にしても、原告においてその配当期日に配当表に対して異議を述べ、その支払を拒み得る途があつたにも拘らず、何ら異議を述べずして支払の結果を生じたことは、原告自らの任意弁済と同一視して格別差支がないと考えられる)。そこで右取締法第五条違反行為の効力について考えてみるに、同条は単に日歩三〇銭を超える利息乃至遅延損害金を約定し、又はそれを受領することを刑罰を以て禁止したのに止まり、その違反行為の効力を民事上においても失わしめる程のものであるとは到底解することができない。そうすると約定による利息乃至遅延損害金の率を規制し、民事上においてその効力に影響を及ぼし得るものは、利息制限法のみということになり、本件においてもその適用だけを考えれば足るところ、本件契約については旧利息制限法が適用されるわけであつて、同法においては遅延損害金の約定率については格別規制せず、唯その第五条において僅かに裁判官による裁量減額が認められているに過ぎなかつたのである。ところで本件における日歩三五銭の損害金約定が特に公序良俗に反するとまではいい難いから、本件損害金の支払がそのまま本来の意味において有効であることは勿論である(なお新利息制限法においては損害金の約定率についても制限しているけれども、その場合においても、本件のように、債務者において任意に制限超過の約定率による損害金の支払をしたときは、その支払は当事者間において当該損害金の支払としてその効力をそのまま維持し得る建前になつているわけである)。以上要するに前記取締法第五条はいわゆる取締法規であつて効力規定ではないから、本件における事実関係をすべて原告主張のとおりであると仮定しても、該法条の性質につき右と異る見解を前提としてなされている原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当であるといわざるを得ない。

そうすると原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法第八九条を適用した上、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂上弘)

別紙

補正事項

さきに配布した徴収情報に収録した判決の判決言渡の日付に誤があつたので、次のとおり補正する。

<省略>

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